国際メンテナンスビジネス戦略と日本
第1回 出遅れた規格競争〜総合的な体系化が必要

かつては、技術先進国と後進国の間に存在した大きな技術的な格差を乗り越えることは非常に難しいと思われていた。20世紀後半に、労働者の徹底的な教育と訓練により技術格差を迅速に縮められることを日本企業が証明した。日本企業は中国やアジア諸国をはじめ世界中に工場を造ったが、各地の労働者達も教育・訓練により、日本人同様に大きな技術向上を示すことが明らかになった。

IT技術の本格的な導入は、教育訓練の効率を上げただけでなく距離による仕事上の障壁も減少させた。国際企業は1年365日24時間フル操業による生産を目指して、世界中の自社工場や開発センター、下請け企業などに積極的に自国の技術を教えるようになった。その結果、個々の「要素技術」が優れていても、その技術は早晩他国に模倣されてしまい、長期にわたって「技術的な優位性」を保つことが極めて難しくなってきた。

この技術移転の急速な進行に対抗するため、20年ほど前から欧米諸国は様々な知識や要素技術を統合し、自国有利に体系化し、それを国際標準として世界に普及させる戦略を取るようになった。

国際標準に基づいて作られた製品や部品、サービスなどが一定の品質と互換性を持つことで、市場が拡大し、コストも低下、調達も容易になり、安全性も高まるなど数々のメリットをもたらす。必然的にその標準を採用する企業や組織、国々がどんどん増加していく。このような新体系や標準規格を創り上げるには、多くの優れた人材と長い時間が必要となる。一度決められたルールの変更には大多数の賛同が必要なため、要素技術における優位性に比べて、ルール策定者は長期間有利な立場を維持できるわけだ。

逆に他国の作ったルールに従って行動するだけでは、日本の技術力、そして経済力も急速に低下していくことは自明で、手を拱いているわけにはいかない。日本が創った新しいルールを国内で通用させるだけでなく、世界の諸国が国際標準として喜んで受け入れてくれる分野を絞り込むべきである。

そこで私が筆頭にあげたいのが「メンテナンス」分野だ。日・米・欧のような高度に発達した複雑な社会システムを持つ先進国では、社会の発達に合わせて鉄道・高速道路・銀行のATM網・発電所・製鉄所・各種工場・通信網など、大規模設備システムを維持し、進歩させていくために、メンテナンスが不可欠となっている。

新たな設備システムを造り上げる場合と異なり、既存システムのメンテナンスは、様々な種類のシステムを理解し実際に補修・保全・改良を手掛けた経験が必須であり、技術者の育成には数十年かかると言われる。ところが、急激なIT技術の浸透につれてアナログ技術者の育成は疎かにされ、人材の高齢化が進んでいる。更には短期的な利益の改善を求めて、多くの企業がメンテナンス部門のリストラを行ったことにより技術者の不足が顕著になっている。

全世界的に見ても、この分野では知識や技術の体系化が進んでおらず、その実現には地道な努力と細かい作業の積み重ねが必要だ。

ISO9000及び14000シリーズ、インターネット、プロジェクト管理などに代表されるように、欧米諸国は新技術や斬新な考え方を導入して新しい体系や国際標準規格を創り、普及させる能力が非常に優れている。ところがメンテナンスは教育による知識だけでなく、現場経験の蓄積が決定的に重要なので欧米人より日本人の性格に適しており、存分に強みを発揮できる分野だと思われる。

本来「メンテナンス」は、優れた技術を比較的高い価格で提供できる知識集約的な「高付加価値型ビジネス」なのである。比較的新しい技術しか持たない新興国が低賃金を武器に、欧米や日本のように古い技術を身につけている技術者が大量に存在している国々の市場に参入することはかなり難しい。既に欧米ではGEやシーメンス、米フルアなどメンテナンスで高収益をあげている企業もある。

ところが残念ながら日本企業では、メンテナンスのビジネス上のポテンシャルが、まだ充分に認識されているとは言いがたい。

日本企業はQCサークルのように、労働者の自発的なやる気や努力を引き出し、現場から生まれた改善提案を普遍的なモデルとして確立させ、企業全体の業務改革や品質向上に貢献させてきた。従って明確な戦略に基づいて推進・努力すれば、世界をリードすることも充分に可能だろう。日本が得意とする現場の人々が高いモチベーションで参加し、チームとして技術の伝承・進歩・発展を継続的かつ効率的に行う仕組みを確立することが肝要だと思われる。

メンテナンス技術の体系化、標準化、組織的な普及、人材育成の効率化は国家的に高い優先度を持つと思うが、従来の学校や企業での教育訓練のやり方が、今の若者に相応しいかどうかには疑問が残る。国や企業、大学、研究機関などは、今後どんな役割を担うべきなのだろうか?