今や環境問題の深刻化などを理由に、従来のように闇雲に大量の人工物を作り続けるのではなく、必要なものを必要なだけ作り、既存の人工物は寿命を少しでも延ばし大切に使う時代になり、メンテナンスの重要性が強く認識されています。一方現代社会においては、その維持すべき対象である人工物が複雑かつ高度化し続けており、持ち得る知識を縦横無尽に集約・活用することなしに対処はできない状況にあります。
『メンテナンスの理論化・体系化を考えている研究者は、相変わらず大学でも少数派で、学問としてメンテナンスを教育する体制が整備できていません。メンテナンスはその性質上、異なる専門分野にまたがる細分化した知識・技術・知見を組み合わせ、横断的に取り扱う必要があります。一般に領域の横断化・統合を実現するためには、何のためにという明確なゴール・目的を持つことが必須であり、メンテナンスはその代表であると言えます。』
『日本の現場知識や技術の基本的な伝承スタイルはOJT(On the Job Training)であり、後輩が一緒に働く先輩の仕事を見ながら「目と体で学ぶ」ことを奨励してきた結果、メンテナンス知識を体系化する意識が涵養される土壌が無かったこともその一因と考えられます。1980年代になり、多くの製造業が「売り切り型ビジネス」に転換し、メンテナンス・サービスをビジネスの範疇から放棄。そのため自社製品のメンテナンスを行なうための有効な知識・技術の修得、蓄積が困難となる一方、ユーザー側も実際その製品をどのように使うのかといった情報が得にくくなりました。』
『人工物とは何らかの機能を発揮することにより使用者の価値を満たすものです。機能とは使用者の価値充足のあくまでも手段であり、人工物は使用者に機能を提供するための媒体に過ぎません。当然ながら人工物の機能について一番良く理解しているのはそれを設計した者であり、そのような知識を持ち合わせていない第三者が必要十分なメンテナンスを提供することは一般には困難です。不十分な知識に基づく中途半端な修理や改造の結果、却って深刻な問題を招き大事故に至り、新聞沙汰になるケースも目立ちます。』
『例えば、日本プラントメンテナンス協会が管理しているような、過去のメンテナンスに関連する雑多なデータ中に埋没しているロジックに注目して整理すれば、皆が共有できる汎用的な知識を抽出することが可能です。重要なのは、現場の人々によって様々な表現で書かれたものを、誰もが理解できる表現に変換することなんです。』
『私たちが提唱している「サービス工学」は、サービスの基本的な理解、サービスの設計手法、コンピューターによるサービス設計支援手法の確立を目的に、モノ(設計情報)とコト(サービス)を可視化し、その統合的な設計を支援する道具である「サービスCAD(Computer Aided Design)」を研究室で開発しています。「価値」をパラメーターとして表現し、計算可能にします。「役に立つという尺度」すなわち一般的には見えない「価値」を取り扱う実学としての動機からです。サービスCADをご試用いただいた企業からは、コミュニケーション・ツールとしても優れていると評価いただきました。今まで技術者とマーケティング担当者の間に存在していた意志の疎通に関する問題を解決し、両者に共通する品質の評価を可能にするとも言われています。』
『これは様々な関係者がメンテナンス情報を共有するプラットフォームです。MIWには7つの特徴があります。(1)すぐに (2)誰でも (3)何処でも (4)何時でも使える至便性に加え (5)獲得できる脱領域性 (6)進化する成長性 (7)教育できる体系性。つまりWEBなどのオープン化された簡単にアクセスできる環境で使うことができ、多様な業種の多様な視点に基づく知識が集まる仕組みです。
MIWの実現には、誰でも簡単にメンテナンスに関するデータを知識として登録ができ、集まった知識を誰もが使える形でアウトプットする方法が必要です。知識記述の形態が櫛に似ていることから、通称「こんぶ法=COMB法(Cases Oriented Maintenance Breakthrough Method)」と呼ばれる方法をMIWで考案しました。併せてサービスの受益者にとって喜ばしいことを価値、喜ばしくないことをコストと定義し、これらの差分をサービス提供に必要とされる提供者側のコストで除することにより、サービスの生産性を計算するといった提案も、サービス工学の研究対象にしています。サービス工学やサービスCADのような新しい学問的な試みについては、日本発でありながら日本よりも先に欧米での評価が先行しています。しかしながら、これは日本の財産であり、かつての「ものづくり」に関する技術や知識の流出の二の舞は踏むべきではありません。』
日本ではメンテナンスに限らず、一般的にサービスの生産性が低いと言われている。メンテナンス分野の研究開発を加速すること、産業分野への適用・普及に加えて、いかにしてこの新しい分野を守り、育てるかということを検討することが急務と思われる。
下村芳樹(しもむら・よしき)
1961年山口県生まれ。
首都大学東京大学院システムデザイン研究科教授、工学博士。84年九州工大工学卒。
三田工業、川崎重工業を経て2001年東大・人工物工学研究センター・サービス工学研究部門助教授。
05年から現職。サービス工学、設計工学、ライフサイクル工学、自己修復機械、群制御などの研究に従事。
93年科学技術庁第53回注目発明など受賞。